【嫌な女?親バカ?持統天皇はどんな人?】藤原京は16年しか使われなかった?瀧浪貞子「持統天皇」感想

2021年6月22日

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こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

🤡「どーも!

デルピエロです!」

以前、大津皇子の小説を読みました。

🤡「天武天皇の皇子で、

鸕野讃良(持統天皇)により、

悲劇の最期を遂げた皇子だよね」

そう、有能で人気のある大津皇子を、

追い詰めた持統天皇を、

すごく嫌な人に思えた。

🤡「うんうん」

しかし逆に鸕野讃良に、

(うののさらら、持統天皇)

興味が湧いてきたんだ。

🤡「え?

そうなる?」

「持統天皇は本当に嫌な人なのか?」

と知りたくなったんだ。

🤡「なるほど。

持統天皇に関する本を、

読んでみたという話?」

そういう事。

瀧浪貞子さんの

「持統天皇」

という本を紹介します!。

🤡「そのままのタイトルだ!

ところで、

「じとう」って、

キャプテン翼の、

語尾に「〜タイ!」って付ける、

九州男児みたいだよね」

それは次藤洋!

この記事では、

持統天皇がどんな人で、

どんな人生を生きてきたかを、

簡単に説明し、

さらに持統天皇の作った、

藤原京について、

軽く書いてます!

持統天皇の人生、

結構、波乱の人生です!

🤡「最後に持統天皇が嫌な人か、

そうでないのか、

分かるわけですね!」

持統天皇(鸕野讃良)って、どんな人?

ぴえろ「ところで持統天皇って、

どんな人なの?

簡単に教えておくれよ」

じゃあ大化の改新の頃から。

🤡「え?

そんな昔から?

鸕野讃良こと持統天皇って、

天武天皇(大海人皇子)の皇后で、

即位するのは、

壬申の乱の後じゃなかったっけ?」

鸕野讚良こと持統天皇は、

乙巳(いっし)の変の時期に、

生まれたんだよ。

それに持統天皇の父は、

天智天皇(中大兄皇子)なんだ。

🤡「なるほど。

大いに関係あるな」

父・中大兄皇子が実権を手にした後、

鸕野讚良の祖父の蘇我倉石川麻呂が、

中大兄皇子に自害に追い込まれたりした😅

🤡「祖父が父に殺されたのか。

エグい」

そして鸕野讚良は、

後の天武天皇・大海人皇子に嫁ぐ。

しかし天智天皇が大海人皇子に、

次の天皇の座を譲る約束を

したにも関わらず、

天智の息子・大友皇子が有能であるため、

大友皇子を皇太子にしてしまう。

🤡「え?

実の弟との約束を破ったの?

ひどいな〜」

そして一旦は吉野に引きこもった、

大海人皇子。

しかし大津京の大友皇子が、

兵を集めてると聞き、

大海人皇子は、

鸕野讚良と、

息子の草壁皇子(くさかべおうじ)を、

連れて吉野から伊賀、

さらに伊勢の方へ逃げた。

🤡「次の天皇・大友皇子に、

謀反する様な気はないと、

吉野に引っ込む事で態度を示したけど、

大友王子が兵を集めたことにより、

「やられるかも」と思ったんだな。

逃げて挙兵するしか、

なかったんだな」

鸕野讚良、草壁王子、

大津皇子、忍壁王子を桑名において、

大海人皇子は、

伊勢や美濃など豪族たちの力を借り、

瀬田川で大友皇子の軍を打ち破った。

🤡「この後、大海人皇子が即位し、

天武天皇になるんだよね」

そう、天武天皇即位により、

鸕野讚良は皇后になり、

有能で人気のある大津皇子が、

疎ましくなる。

🤡「え?

なぜ?」

鸕野讚良の息子、

草壁皇子が凡人で、

見劣りしてしまうからね😅

大津皇子は政治に詳しく、

狩りも好きで武芸に秀でてた。

しかし大津皇子は、

鸕野讃良とは別の母。

鸕野讚良は、

草壁皇子が可愛くて、

どうしても草壁皇子に、

天皇の位を継がせたかったんだ。

🤡「親バカってやつ?」

🤡「なるほど。

それで天武天皇が亡くなった後、

大津皇子を追い詰めるのか」

そう、そのままだと、

有能で人気のある大津皇子が、

天皇になる可能性もあった。

殺さないといけなかった。

しかし、

🤡「しかし?」

なんと体の弱かった草壁皇子は、

天武天皇の死後5年後に、

死んでしまうんだな。

🤡「え?

可愛がってたのに!」

そして鸕野讚良が、

女性天皇・持統天皇として、

即位する。

🤡「あれ?

天武天皇には、

たくさんの皇子がいるんじゃないの?

なぜ皇后の鸕野讚良が、

即位しないといけないの?」

それは本を読んでね🌟

🤡「そうきたか」

とりあえず、持統天皇の、

人生はこんな感じです!

瀧浪貞子「持統天皇」では、

この持統天皇の人生について、

もっと詳しく書いてある感じです!

🤡「古代の女性なのに、

なかなか波乱の人生だな」

持統天皇が作った藤原京は16年しか持たなかった?

ここでもう少し、

持統天皇のエピソードについて、

語ってみましょう。

🤡「何かな?」

この本「持統天皇」に、

書かれてた面白いエピソードなんだけど、

持統天皇は飛鳥から、

都を藤原京に移したんだ。

🤡「へえ、藤原京を作ったのって、

持統天皇だったのか」

そうなんだけど、

藤原京って、

16年しか使われなかったんだよね。

🤡「え?

16年は短いな!」

次の平城京は、

80年位だもんね。

🤡「遷都って、

たくさんのお金がかかるだろうに、

16年しか使わないのは、

もったいないな!

なぜ?」

飛鳥から近過ぎたんだってさ😅

🤡「え?

それはダメなの?」

飛鳥から藤原京って、

歩いて1時間程度の距離しか、

ないんだよね。

🤡「近いな!

でも、それが関係あるの?」

大アリクイ。

官人がみんな飛鳥の家から、

通勤しちゃって、

藤原京に住まなかったんだ😅

🤡「え?

じゃあ藤原京に人は、

あまりいなかったんだ!」

そういう事😅

🤡「それで次の平城京は、

もう少し遠い所に作ったわけか」

そう、それがこの本「持統天皇」に、

書いてあるエピソードでした。

「持統天皇」、

藤原京の他にも持統天皇について、

色々な事が書いてあります!

興味があったら、

読んでみてください!

まとめ

  • 鸕野讚良こと持統天皇は、天智天皇(中大兄皇子)の娘。大海人皇子(天武天皇)に嫁ぐ。共に壬申の乱を潜り抜け、天武即位で皇后になる。息子・草壁皇子を天皇にするため大津皇子を追い詰めて殺すも、草壁皇子が早世。自分が持統天皇となった。
  • 持統天皇は藤原京を作ったけど、飛鳥と近過ぎたため官人が住まず18年しか持たなかった。

感想:持統天皇のイメージは変わった?

🤡「この本『持統天皇』を読んで、

持統天皇の印象は、

大津皇子の小説とイメージは変わった?」

いや、あまり変わらなかったな😅

🤡「マジか!」

持統天皇は自分の思う様に、

政治が動かせないと、

気が済まない人に感じたね。

エゴイストというか。

そこの所、

父の中大兄皇子(天智天皇)と、

似てる気がするな。

🤡「でも政治の手腕は、

あったんだよね?」

あったと思うね。

あと和歌のを読む力も。

🤡「万葉集って、

持統天皇の時代だっけ?」

そう、万葉集の最初は持統天皇。

あと、

「何が何でも、

可愛い草壁皇子を守る!」

という強い母の意思も、

持統天皇から感じたな。

🤡「おっ、

最後は良い感想でしまったぞ!

これが持統天皇がどんな人か?の、

答えだな!」

そうだね!

それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!