【大軍同士の戦いはなかった?】三成は首謀者じゃない?「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」感想

2021年10月24日

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こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

🤡「どーも!

デルピエロです!」

ねえ。

関ヶ原の合戦って、

どんな戦いだったっけ?

🤡「ん?

いきなり何?

徳川家康率いる東軍と、

石田三成率いる西軍が、

関ヶ原で天下分け目の合戦をした

って話だろ?」

ブッブー。

🤡「だから反応が古…、

え?

何が違うの?」

それは従来の説で、

最近わかった史実では、

大軍対大軍の、

天下分け目の合戦はなかった。

石田三成は西軍の大将ではなかった。

と言われてる。

🤡「え?

それが史実?

一般的に言われてる、

関ヶ原の合戦の従来の説と、

大分違ってない?」

そうなんだよ。

今日はその、

関ヶ原の合戦の史実について、

詳しく書かれた本

を紹介します!

「天下分け目の

関ヶ原合戦はなかった」

🤡「どストレートで、

わかりやすいタイトル。

というか著者は乃至政彦先生じゃないか!」

🤡「乃至政彦先生といえば、

『謙信越山』や、

『平将門と天慶の乱』など、

面白い歴史の本を、

たくさん書いてるよね!」

そう、一次資料をしっかり検証して、

書いてあるので、

トンデモ歴史本じゃないです!

現時点で出来るだけ、

関ヶ原の合戦の、

史実に近づいた本だと思います!

この記事では、

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」

がどんな本かを説明し、

さらに個人的な感想を書きます!

たくさんの人に読んで欲しいので、

なるべく本のネタバレは、

しない内容にしています!

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」とは?

🤡「『天下分け目の

関ヶ原合戦はなかった』

って、どんな内容なの?」

また目次を丸写しするんだけど、

まず「従来説の関ヶ原像」

を説明し、

帰国した上杉景勝の野心

毛利輝元の暗躍

石田三成襲撃事件の深層

家康暗殺計画と加賀征伐

会津征伐と直江状

「毛利の政変」勃発す

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」第一部目次

ここまでが第一部で、

乃至政彦先生が説明してくれてる。

🤡「石田三成襲撃事件って、

司馬遼太郎の『関ヶ原』で描かれてた、

石田三成が豊臣の諸将の怒りをかって、

襲われた時、

大胆にも徳川家康の屋敷に、

逃げ込んだっていう話だね」

そう、結論から言えば、

石田三成が家康の屋敷に

逃げ込んだ話はない

という事が書いてある。

🤡「マジかよ」

🤡「でも、

逃げ込んだのが事実なら、

敵の屋敷に逃げ込むのって、

大胆過ぎるもんな。

あと、

直江状

の所も気になる。

上杉家の直江兼続が、

徳川家康に送った、

家康の悪事を追求する内容の書状

だよね」

そう、直江状についても、

直江状が存在したかどうかを

検証してある。

🤡「マジかよ。

存在しない可能性があるって事か」

さらに第二部は、

関ヶ原の合戦について、

詳しく研究されているという、

高橋陽介先生が書いた内容。

の目次。

毛利輝元の挙兵

西軍の初期配置

西軍の首謀者を誤認した家康

東軍の初期配置

岐阜落城と美濃作戦

天下分け目の大柿布陣

吉川広家書状に見る西軍の惨状

石田三成意見書に見る西軍の分裂

西軍降伏後に起きた合戦

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」第二部目次

さて、どこが気になる? 

🤡「毛利輝元の挙兵?

輝元は従来説では、

「西軍に付いたけど、

あまりやる気はなかった」

みたいな感じじゃなかったっけ?」

それが逆に史実では、

輝元は関ヶ原合戦の、

西軍首謀者の1人

みたいなんだよね。

🤡「マジかよ!」

🤡「あと気になるのは、

天下分け目の大柿布陣だな。

大柿って岐阜県大垣市の事だよね?

大柿で天下分け目の合戦があったの?」

大柿とか岐阜城の戦いは、

従来では関ヶ原合戦の前哨戦みたいに、

言われてたけど、

実は大垣や岐阜城辺りの戦い、

案外メインな戦いみたいなんだよね。

🤡「マジか!

それが大軍同士の戦いに、

深く結びつくって事?」

いや違う😅

大軍対大軍の戦いは起こらず、

関ヶ原合戦は、

岐阜城の戦いの様な、

小さな戦いが、

関ヶ原付近でたくさん起こった

というのが史実らしい。

🤡「マジか〜。

大軍対大軍はないのか〜」

🤡「あと西軍の惨状とか分裂も、

気になる」

従来説では、

西軍は裏切られたりはするものの、

ある程度統制は取れてるイメージは、

あったよね?

🤡「ん?

うん、まあ目立って統制が取れてない、

なんて事はなかったよね」

史実では、

西軍は全く統制が取れてなく、

士気も低かった

らしい😅

🤡「マジか!」

毛利輝元と同じ首謀者の、

増田長盛とか安国寺恵瓊が、

戦いを全く知らなかったから、

西軍の士気が下がって、

東軍に寝返る人も、

続出したらしいよ。

🤡「マジか。

裏切ったのは、

小早川秀秋だけじゃないんだ」

そんな感じで、

なるべくネタバレしない程度に、

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」

の内容を説明してみました!

ハッキリ言って、

この本に書かれてる関ヶ原合戦の史実、

この記事では、

少ししか説明してないので、

興味がある方は、

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」

を読んでみてください!

「天下分け目の関ヶ原合戦はなかった」感想

🤡「『天下分け目の

関ヶ原合戦はなかった』を、

読んでみての感想は?」

司馬遼太郎の小説とかで、

徳川家康は悪役に描かれてるよね?

🤡「そうだよね。

司馬さんは家康嫌いなんだな〜

って思っちゃったな」

僕も影響されて、

家康が嫌いだった事もあるんだけど😅

🤡「(笑)😂」

でも実は家康は、

豊臣秀吉が死んだ後、

真面目に豊臣政権を守ろうと

したんだよね。

🤡「マジか。

態度を豹変させたんじゃないんだね」

まあ豊臣政権一番の権力者である事を、

多少利用した事はあるかもしれない。

それが毛利輝元や、

奉行衆を刺激したのかな。

🤡「でも家康は秀吉の遺言を守り、

豊臣政権を守ろうとしたわけか」

そうなんだよね。

何が言いたいかというと、

家康は悪い奴じゃなかった

って事かな。

🤡「関ヶ原の合戦が終わった後、

あ、これから後は豊臣政権を気にせず、

ワシの好きにやって良いんだ💡

と気づいた感じなのかな?」

あと関ヶ原の合戦については昔から、

何万人もの大軍対大軍の対決が、

1日で決着つくとかあり得る?

と思ってたので、

史実を知って大いに納得しました。

🤡「確かにね〜」

ちなみに、

大坂の陣の意外な史実

については、

平山優先生の「真田信繁」に、

書いてありますよ!

🤡「ところで、

『天下分け目の関ヶ原合戦はなかった』、

その辺の本屋にある?」

いや無いな。

僕は注文して買ったよ。

丸善とか品揃えの良い本屋なら、

ありそうだけどね〜。

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それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!