【新名一仁「島津四兄弟の九州統一戦」感想】家臣がひたすら暴走して困る義久!連戦連勝は運が良かっただけ?

2021年2月11日

こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

今日は、

歴史の本のレビューです。

皆さん、島津家はご存知?

戦国時代に詳しい人や、

信長の野望が好きな人は、

よく知ってると思います。

今日紹介する本は、

そんな人にオススメしたい、

島津家と四兄弟

に関する本です。

新名一仁さんの

「島津四兄弟の

九州統一戦」。

「島津」って聞くと、

ワクワクする戦国時代好きは

多いんじゃないですか?

僕もそういう感じで、

この本を手に取りました。

「信長の野望」で、

島津四兄弟が好きな人は多いはず。

そんな人にもっと島津四兄弟について、

知ってもらいたいです!

島津四兄弟の島津家は本家ではない?

まずこの本は、

島津四兄弟の家は

本家ではなく、

相州家、

四兄弟の祖父・忠良と

父・貴久の代で、

本家奥州家から

本家の座を奪った。

所から始まっています。

そういえば「信長の野望天翔記」の

1534年シナリオでは、

島津は赤と緑の2家があった

のを思い出しました。

島津って確か、

鎌倉時代から続いている家なんですよね?

分家が本家より強くなって、

のし上がった感じだったんですね。

いわば島津も北条早雲や斎藤道三の様な、

下克上だった。

大友宗麟や大友氏にも詳しく触れられてる?

あと、島津だけでなく

大友宗麟

にも触れられてるのが熱いです🔥

九州の他の大名の情勢も

触れた方が分かりやすい

という事ですが、

大友や龍造寺などにも触れられてて、

戦国時代ファンには

一石三鳥くらいの気がします(笑)

大友氏に関しては、

肥後の菊池氏を継がせた、

大友義鑑の弟・義武が反乱を起こしたり、

高城・耳川合戦の大敗で

大友氏は重臣が反乱を

起こしたりして内部崩壊。

さらにこの大敗の波紋が九州各地に広がり、

肥前・肥後などの九州各地域の国衆が

島津氏になびき始めた。

などなど大友氏は島津のお陰で

悲惨な目に遭ってますね。

かわいそう😅

家臣が義久の言う事を聞かない?薩摩人の気性とは?

 義久が弟の義弘に次の家督を約束したのは、

家臣がみんな勝手に攻めたり

言うことを聞かなかったから?

 また上井覚兼(うわいさとかね)の

若衆中が暴走したのは、

西南戦争での薩摩人の暴走を

彷彿とさせますね。

 「太守・義久が降伏しても、

家中全体の降伏とは

ならないのが

島津らしいところ」

という言葉があって、

薩摩人の猪突猛進さが、

戦国時代の島津家から

あったことを伺えます。

さらに豊臣政権に組み入れられた後の、

島津四兄弟の悲劇も書かれていますね。

「島津四兄弟の九州統一戦」で気になった所は?

後は気になったことを

箇条書きでひたすら並べていきますね。

・日向に進出するまでが意外と早い。

・肥後を攻める時から家臣が無茶し出し、

さらに肥後攻めで義弘は消極的

義弘って好戦的な人だと、

何の根拠もなく思ってたので、

意外でした😅

・ 龍造寺が臣従したことによる

大友への対応が、

鹿児島の義久と、義弘や老中とで違う。

・ 秋月種実はもっと強い勢力を

持ってさえいれば、

大大名になれる実力を持った人物

だったんでしょうか?

まとめ

  • 島津四兄弟の島津家は本家ではなく相州家。本家から家督を奪った。
  • ひたすら島津にボコられた大友氏
  • 猪突猛進な薩摩人の気性は戦国時代からあり、家臣が言う事を聞かず義久は困った😅

こんな内容です。

島津四兄弟は「信長の野望」でも、

強いので、

興味がある人は多いはず。

読んでみてください。

それでは、長くなってしまいましたが、

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!