【将軍の弟なのに改易&自害?】家光の弟・徳川忠長とは?小池進「徳川忠長」

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こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

🤡「どーも!

デルピエロです!」

突然だけど、

徳川家光って知ってる?

🤡「江戸幕府3代将軍で、

自分で「生まれながらの将軍」って、

言っちゃった人だろ?

バカにしてるの?」

いやいや。

じゃあ、

家光の弟、

忠長については?

🤡「ん?

弟って秀忠とお江に、

家光より溺愛されてたっていう弟?」

その通り。

その弟だよ。

🤡「今日は、

その徳川忠長を紹介するの?」

そう、正確には、

忠長の生涯を書いた本かな。

小池進さんの

「徳川忠長

兄家光の苦悩、将軍家の悲劇」

を紹介します!

🤡「ねえ。

その徳川忠長って、

3行位で言うと、

どんな人なの?」

将軍の弟で大大名になったけど、

家臣を斬り殺したりして、

改易&自害に追い込まれた人かな。

🤡「えっ!

落差がすごい!」

この記事では徳川忠長の、

基本的な事を説明します!

もし詳しい事に興味があれば、

小池進さんの「徳川忠長」を、

読んでみてください!

将軍・徳川家光の弟?徳川忠長とは?

🤡「さて徳川忠長について、

基本的な事を教えて欲しいんだけど。

将軍・徳川家光の弟で、

両親・秀忠とお江与の方に、

溺愛されてたんだっけ?」

そう、家光よりも。

🤡「なぜ?」

詳しくは本を読んで欲しいんだけど、

家光には春日局という乳母が付けられて、

忠長はお江与の方に、

直に育てられたからでは?

と言われてる。

🤡「なるほど。

それで秀忠とお江与の方は、

忠長を将軍にしようとして、

有名な春日局が家康に訴え出る事件が、

起こるわけだね」

家康が家光を、

将軍の座に座らせようとして、

秀忠とお江与の方が、

「ほら国松(忠長)も」と、

忠長を座らせようとすると、

「ここは将軍になる者が座る席じゃ!」

と家康がブチ切れる逸話だね。

🤡「これは、

「将軍は長男がなる」

という江戸幕府の決まり事を、

崩したくなかったんだよね」

ただ忠長は将軍にはならなかったものの、

最初は甲斐、

後に駿河や遠江で50万石を与えられ、

親藩大名になる。

🤡「50万石って、

かなりの大大名じゃない?」

このサイトによると、

肥後細川家、筑前黒田家、広島浅野家と、

同じ位の石高だね。

🤡「将軍の弟とは言え、

いきなり大大名になれるもんなんだな〜」

秀忠の弟で家康の息子の、

尾張の義直、紀州の頼宣、

水戸の頼房と同じ感じで、

将軍の血を引いた親藩大名を、

増やしたかったんだろうね。

🤡「確かに将軍の弟が、

大きな力を持ってたら、

幕府の力は増すのかな〜?

それで、溺愛されて、

いきなり大大名になった忠長は、

その後どうなったの?」

この後、忠長は、

乱心して家臣を斬り殺し、

改易され、

兄・家光により自害に追い込まれる。

🤡「本当に落差がすごい」

家臣を切り殺し、改易されて自害?

🤡「家臣を斬り殺すって、

なぜそんな事をしたの?」

ただ斬り殺すだけじゃなく、

「斬り殺した家臣を次の日呼び付ける」

という錯乱した感じも伺える😅

🤡「えっ?

キ○○イじゃん」

そんな言葉を使うのはやめなさい😅

でも忠長は辻切りまで、

やってたらしいんだよね。

🤡「え?

見知らぬ庶民を斬り殺してたって事?

ヤバい。

怖い。

なぜ忠長はそんな事をしたんだろう?」

「プレッシャーがあったから」

と小池進さんの「徳川忠長」には、

書いてあるね。

🤡「兄が将軍だから?」

それもありそうだし、

若くして大大名になったからだろうか?

それに家光・忠長より下の弟で、

後に大老にもなる、

保科正之(ほしなまさゆき)が、

すごく優秀だという事が分かって、

プレッシャーになったのかも。

🤡「将軍の兄と、

優秀な弟。

忠長の事を考えると、

プレッシャーに感じるのも分かるな」

そして家臣の手討ちや、

辻斬りが幕府の耳にも入り、

甲府へ謹慎となり、

父・秀忠とは勘当され、

秀忠の死の前、

忠長は会う事も許されなかった。

🤡「少しかわいそう」

そして忠長は将軍家光の命で、

高崎に逼塞させられ、

最終的には自害に追い込まれた。

🤡「家光にとって、

忠長は邪魔な弟だったって事?」

いや忠長の乱行が起こるまで、

家光と忠長の兄弟関係は、

極めて良好だったらしい。

小池進さんの「徳川忠長」では、

家光が江戸の忠長邸に度々訪れている事が、

書かれているよ。

🤡「仲の良い兄弟だったけど、

家光は泣く泣く忠長に、

自害を申し付けた感じか」

そんな感じだと思う。

ただ、

もっと複雑な背景と要因があった事も、

小池進さんの「徳川忠長」で、

書いてあるけど。

🤡「えっ?」

詳しくは小池進さんの「徳川忠長」を、

読んでみてください!

まとめ

  • 徳川忠長は江戸幕府3代将軍徳川家光の弟。駿河・遠江50万石の親藩大名になる。
  • しかし家臣を手打ちにしたり辻斬りを行ったりして、領地を没収され甲府に謹慎。さらに高崎に逼塞を申付られ自害に追い込まれる。

🤡「小池進さんの『徳川忠長』では、

この記事に書いた忠長の事について、

さらに詳しく書いてあるんだよね?」

そう、徳川忠長の事を、

松平忠直や本多正純の改易に絡めて、

書いてある。

🤡「ん?

忠長と関係あるの?」

あるよ。

というか家光の頃には、

幕府の体制はまだ不安定だったからね。

いつどこで反乱が起こるか分からなかった。

🤡「う〜む」

気になる方は、

小池進さんの「徳川忠長」を、

読んでみてください!

🤡「徳川忠長、僕も気になるから、

🤡「hontoで近くの丸善やジュンク堂の、

在庫検索して買おうかな?」

なかったらhontoで注文して、

店頭で受け取れば良いね!

それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!

本多正純の改易については、

今福匡さんの「上杉景勝」にも、

書いてありました!