【1次は信雄惨敗?2次は伊賀皆殺し?】忍者は?和田裕弘「天正伊賀の乱」

2021年9月4日

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こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

🤡「どーも!

デルピエロです!」

以前、三重県の伊賀へ行ったのを覚えてる?

🤡「伊賀上野城、

大きくてとても良い城だったよね!

今日は伊賀の話?」

そう、織田信長の時代、

伊賀で大きな戦があったの覚えてる?

🤡「『烈火の炎』でも、

そんな戦いがあったよな!」

そう、

天正伊賀の乱

って言うんだけど。

🤡「今日はその天正伊賀の乱についての、

本を紹介する感じ?」

その通り!

和田裕弘(やすひろ)さんの

「天正伊賀の乱」

を紹介します!

🤡「タイトルそのまま系の本」

この記事では、

天正伊賀の乱について、

わかりやすく簡単に説明します!

そして天正伊賀の乱について、

より詳しい事を知りたくなったら、

本を読んでみてください!

天正伊賀の乱とは?

🤡「天正伊賀の乱って、

どんな戦いなの?

今の所、

三重県伊賀市で起こった戦いとしか、

分かってないね」

天正伊賀の乱は全部で3回あったんだ。

まず1回目、

天正7年(1579年)、

織田信長の次男で、

北畠家の家督を継いでいた、

信雄(のぶかつ)が、

父信長に無断で伊賀国へ侵攻したものの、

忍びの者の反攻にあって敗退した。

これを第一次天正伊賀の乱と表記する。

和田裕弘「天正伊賀の乱」

🤡「織田信雄って、

小牧・長久手の戦いで、

徳川家康を頼って、

秀吉と戦う人だよね」

そう、この戦いが酷い負け方で、

信長にめちゃめちゃ怒られた書状を、

もらってたみたい😅

🤡「ありゃりゃ。

しかし伊賀だから、

やっぱり忍者が出てくるんだね!」

実際の忍者が、

具体的にどんな働きをしたのか、

和田裕弘さんの「天正伊賀の乱」でも、

書いてあるよ!

忍者については、

この「戦国の忍び」もオススメです!

🤡「ところで第2次の天正伊賀の乱は、

どんな戦いだったの?」

第1次の戦いから2年後、

織田信長は信雄を総大将にして、

伊勢や近江、大和など、

四方から大軍を伊賀に乱入させ、

さしもの忍びの者もなす術なく、

伊賀国内の城郭や神社仏閣が破壊、

焼き尽くされ、伊賀国は焦土と化した。

和田裕弘「天正伊賀の乱」

この時、伊賀国は皆殺しだったらしい😨

女・子供まで。

🤡「恐ろしい!」

🤡「ところで、ここまで伊賀を統治する、

大名の名前が出てこないんだけど?」

伊賀には仁木という大名がいるんだけど、

実際は小さい勢力の豪族とか国人が、

同盟して連携した、

「惣国一揆」が伊賀を支配してた。

🤡「ん?

それは加賀の一向一揆みたいなやつ?」

惣国一揆の説明については、

ややこしいので、

和田裕弘さんの「天正伊賀の乱」を

読んでみてください!😅

🤡「そうきたか!

ところで第3次の天正伊賀の乱は?」

本能寺の変で織田信長が死んで、

混乱に乗じた伊賀の残党が、

乱を起こしたんだよね。

🤡「確かに本能寺の変での混乱は、

乗りやすそうなビッグウェーブ」

結構な混乱を起こしたみたいだけど、

規模は小さかったみたいだね。

🤡「残念だな」

天正伊賀の乱・まとめ

天正伊賀の乱は3回あった。

第1次は天正7年(1579年)、

織田信雄が伊賀に侵攻し惨敗。

第2次は伊勢・近江・大和など、

四方から織田信長が侵攻し、

伊賀衆を皆殺しにした。

第3次は本能寺の変の後の混乱を狙ったもの。

感想

🤡「和田裕弘さんの『天正伊賀の乱』、

読んでどうだった?」

半分くらい読み進めるまで、

天正伊賀の乱の内容にいかないのが、

少ししんどかったけど、

忍者のことについても書いてあったり、

惣国一揆という特殊な組織、

さらに信長が信雄に継承させた、

北畠家についても書いてあって、

面白かったね!

🤡「マジか〜!」

🤡「乱とか忍者とか、

興味があるから、

僕も和田裕弘さんの『天正伊賀の乱』、

読んでみようかな?」

🤡「hontoで近くの丸善や、

ジュンク堂の店舗の、

在庫検索してみようかな〜?」

なかったらhontoで取り寄せて、

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それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!