【出世は秀吉のおかげ?】宇喜多騒動の詳細は?大西泰正「宇喜多秀家」感想

2021年9月10日

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こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

🤡「どーも!

デルピエロです!」

ねえ。

宇喜多秀家

ってどんな人だったか、

知ってる?

🤡「え〜と、

宇喜多直家の息子で、

豊臣秀吉の養子になって、

徳川家康とかと同じ、

五大老まで出世するんだよね?」

よく知ってるね。

🤡「地元岡山の大名だもんね!」

じゃあ今日は、

そんな岡山の大名、

宇喜多秀家の詳しい実態

について、

書いた本をレビューしていきます!

🤡「おっ、知りたいね!」

大西泰正さんの

「宇喜多秀家

秀吉が認めた可能性」

を紹介します!

🤡「この本って、

読みやすい本?

歴史の本は難しい本が多いけど」

少し難しい部類に入るかも😅

🤡「マジか!」

「難しい本はちょっとな〜」

って人は、

木下昌輝さんの「宇喜多の楽土」

を先に読むのをオススメしますよ!

🤡「宇喜多秀家の小説です!」

さて大西泰正さんの、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」ですが、

この本の中で、

宇喜多秀家が豊臣政権で、

出世した理由は?

宇喜多騒動の詳しい内容は?

秀家が関ヶ原の戦いの後、

島津家に匿われた経緯は?

という内容が書いてありますので、

これを本の内容を書き過ぎない様に、

説明していきたいと思います!


難しい本?宇喜多は資料が少ない?

🤡「ねえ。

さっき、

「この本は難しい部類」

って言ってたよね?

どこら辺が難しいの?」

宇喜多家ってね、

一度滅亡してるじゃん?

🤡「そうだね。

秀家が関ヶ原の戦いで負けて、

八丈島に流されて、

宇喜多家は滅亡したよね」

そう。

だから宇喜多家は資料が少ないんだ。

🤡「あ、そこらへんで、

難しいって事か」

そう、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」

では、

加賀前田家や毛利家、

宇喜多の家臣だった戸川家などに残った、

資料を分析して、

説明してある。

🤡「例えば上杉や島津だったら、

上杉家に残った手紙などの資料、

島津家に残った文書などの資料、

あるけど宇喜多は家自体がないもんね」

それに、まだ確定してない事も多く、

「○○さんはこう書いてるが、

私は××と思う」

みたいな話が多い。

🤡「本を読んで、

気楽に歴史を学びたい人には、

難しいな」

そうだね。

でも研究者レベルの話なので、

ただ我々の様な、

「歴史を知りたい」位の人は、

サラッと読む程度で良いかも。

🤡「大抵、

そういう研究者レベルの話の後に、

「私の本ではこういう事にする」

という知りたい内容が書いてあるしね」

秀家が大老まで出世した理由は?

🤡「宇喜多秀家って、

徳川家康と同じ、

五大老まで出世したんだよね?」

そう、家康よりも大分若いのにね。

🤡「そんなに才能のある人だったの?」

いや、

そこまで秀でた才能はないと思う😅

🤡「え?

そうなの?」

秀家は豊臣秀吉の養子

っていうのが大きいんだよね。

🤡「あ、コネなの?

秀吉の義理の娘・豪姫が奥さんだもんね」

そう、豪姫は前田利家の娘だから、

前田利家の後見も得てる事になるね。

🤡「秀吉には、

あまり子供がいないしね」

そうなんだよ。

秀次は秀吉に殺されるし、

秀家が大老になった時は、

秀吉の子(養子含む)は、

あまりいなかったんだ。

🤡「やはり秀家は、

秀吉の後継者になり得る、

ってのが大きな理由か」

まあ、ご存知の通り、

秀頼が生まれたから、

秀家が秀吉の後継者になる事は、

なかったんだけど。

他にも色々、

秀家が出世した理由はありますが、

後は、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」

を読んでみてください!

宇喜多騒動とは?

🤡「宇喜多秀家の時、

お家騒動が起こる

んじゃなかったっけ?」

そう、中村次郎兵衛や長船紀伊守らと、

宇喜多左京亮、戸川達安らが対立し、

宇喜多左京亮や戸川達安は、

最後には徳川家康の預かりに、

なってしまうんだよね。

🤡「ん?

最後には?」

宇喜多左京亮は、

関ヶ原の戦いの前、

家康の上杉征伐に宇喜多軍として従軍し、

そのまま東軍になってしまうんだよね。

🤡「え?

主君・秀家の許しもなしに?」

秀家に反感もあっただろうけど、

その時点で家康に従軍してると、

東軍に付かざるを得ないってのも、

あると思うけどね😅

それに、その「宇喜多騒動」で、

家臣が離れた分、

その家臣の領地も、

宇喜多領から減っちゃったんだよね。

🤡「え?

どれくらい?」

全宇喜多領の1/3。

🤡「え?

それって結構デカくない?」

そうなんだよね😅

🤡「どうして、家臣が離反する様な、

事態になってしまったんだろう?」

それは、

秀家に家臣をまとめ上げる力がなかった

という事に尽きるんじゃないかな?

🤡「う〜ん、

「貴公子」とか「おぼっちゃん」とか、

言われる人だけど、

やはり力のない人だったのかな〜?」

「生まれながらの大名」で、

黄金一枚の価値も、

知らなかったらしいからねえ😅

とにかく、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」

には、

宇喜多騒動の真実が、

もっと詳しく書いてあります!

秀家が島津家に匿われた経緯は?

🤡「秀家って、

関ヶ原の戦いで負けた後、

島津家に匿われて、

その後八丈島に流されたんだっけ?」

そうそう。

秀家が関ヶ原の戦いの直後、

農家に匿われる所も、

詳しく書いてあるよ!

🤡「しかし、

なぜ日本の端っこの薩摩の、

島津家を頼ったんだろうね?」

それについても、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」

に書いてあるよ!

🤡「秀家が八丈島に流された経緯、

知りたい人も、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」

を読んでみてください!」

まとめ

  • 宇喜多家は滅亡してるので資料が少ない。「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」は前田家・毛利家・尖が訳などの資料から断片的に説明してあるので少し難しい。
  • 秀家が五大老まで出世した理由が詳しく書かれてる。
  • 宇喜多左京亮や戸川達安らが離反した宇喜多騒動について、詳しい実情が書いてある。
  • 関ヶ原の戦いで秀家が負けた後、どうやって島津家に匿われ、八丈島に流されたか?詳しい経緯も書いてある。

感想

本の内容を書きすぎた気もしますが、

「宇喜多秀家 秀吉が認めた可能性」

は、もっと詳しいので安心してください!

🤡「感想は?」

いや〜秀家って、やっぱり、

「何も知らないお坊ちゃん」

だった感が強い😅

🤡「それはあるな〜」

出世も秀吉あってのものだったし、

秀吉が死んだ後、

宇喜多家が滅亡しちゃうのは、

必然なのかも😅

🤡「家康からしたら、

「こんな才能もない若造(秀家)が、

ワシと対等……ふざけるな!」

って気分だったかもしれないしね」

家康からしたら、

有力家臣が抜けた宇喜多家を、

存続させる価値、

少なかっただろうからな〜。

そんな感じの感想でした!

それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!