【徳川慶喜が大政奉還をした理由は?】薩摩をかわす?幕府の存続はムリ?

2022年6月28日

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こんにちは〜!

カワタツです!

🤡「どーも!

デルピエロです!」

大河ドラマ「青天を衝け」

面白かったよね!

🤡「草彅剛さん演じる、

徳川慶喜が良かったね!」

そうだったね!

🤡「ただ、

なぜ徳川慶喜が、

大政奉還をしたのか?

という理由については、

よく分からないままなんだよね」

じゃあ今日は、

それについて説明します!

🤡「え?

説明できるの?

難しくない?」

家近良樹さんの「徳川慶喜」を読んで、

だいたい分かったので、

この本の内容を噛み砕いて説明します!

噛み砕いて説明するので、

僕の理解が違ってて、

間違ってる部分もあると思います!

必ずしも正しい内容とは限らない事を、

ご了承ください!

徳川慶喜が大政奉還を行うまでの経緯は?

徳川慶喜が大政奉還を発表した二条城

まず慶喜が大政奉還を行うまでの、

経緯を説明します。

これを説明する事で、

1つ慶喜が大政奉還を行った理由が、

出てくるかも。

🤡「マジですか!」

まず慶喜が事実上、

将軍に就任した辺りから、

薩摩藩が長州と組んで、

武力倒幕を行おうと企む。

🤡「慶喜と幕府を、

戦争で倒そうとしてたのか」

そう。

そして土佐の後藤象二郎が、

武力倒幕を回避させるため、

朝廷に体制を奉還する建白書を、

提出しようと考えた。

🤡「出た!

土佐藩が大政奉還を提案したのか!」

そう。

そして土佐藩は薩摩藩にそれを相談し、

薩摩藩はそれを承諾した。

🤡「あれ?

薩摩は大政奉還はOKなの?

大政奉還OKなら、

武力倒幕はできなくなるんじゃない?」

幕府と慶喜が政治の実権を持っているから、

世の中うまくいってない!

というのが薩摩の主張だよね。

幕府が政治の実権を持ってなければ、

薩摩が幕府を攻める理由が、

なくなるわけだ。

🤡「そうだよね。

振り上げた拳の行き場がないというか、

肩透かしというか」

そして、

慶喜は、

土佐藩からの建白書を受け入れ、

大政を朝廷に奉還した。

🤡「なるほど。

これで、

この時点では薩摩・長州は、

武力で幕府を攻撃する事が、

できなかったわけだ」

そう。

つまりは慶喜が大政奉還をした、

理由の1つは、

薩摩・長州からの、

武力で攻められるのを、

かわすため

だと言える。

🤡「なんか、

そう考えると、

慶喜のうまさを感じるな」

他にも、

慶喜が大政奉還を行った理由。

というか大政奉還を行えた理由

なんですが、

それを見ていきます!

理由その2:慶喜が孤独な将軍だったから?

二条城

まず1つは、

慶喜が「孤独な将軍」だったという事。

🤡「孤独な将軍?

幕府内では仲間がたくさんいるでしょ?」

実はそうでもなくて、

慶喜は幕府内にも、

敵が多かったんだ😅

🤡「え?

そうなの?」

慶喜は新しい事を取り入れる人だったから、

古い慣習を重んじる幕臣には嫌われてた。

🤡「そうなのか。

将軍なのに」

将軍になったのも、

大政奉還を行う少し前くらいだしね。

それに慶喜の政治基盤は京都にあった。

それはともかく、

慶喜が孤独な将軍であったがゆえに、

皮肉なことに、

大政奉還を決断し、

間髪を入れず、

実行できたことである。

もし彼が衆議を重視する、

調整型の将軍であったなら、

容易に結論を得られず、

大政奉還は成し得なかったであろう。

家近良樹「徳川慶喜」P211

という事らしい。

🤡「え?

大政奉還を決めてから、

大名や幕臣に説明したの?

それって大丈夫?

独裁じゃない?」

そこら辺、

幕臣などもスンナリとは、

飲まなかったんだけど、

そこら辺は家近良樹さんの、

「徳川慶喜」を読んでみてください😅

とにかく、

慶喜が大政奉還を行えた理由その2は、

慶喜が孤独な将軍で、

大名や幕臣と審議せずに、

決断できたから。

理由その3:幕府の存続が難しい事が分かってたから?

ひたすら二条城

理由その3は、

幕府の存続が難しい事が、

慶喜にも分かっていたから。

🤡「やはり自分でも、

幕府を続けるのは難しいと、

分かってたのか」

そう。

少数意見だけど、

幕府の存続が難しい事は、

大久保一翁(いちおう)や、

阿部正外(まさと)、

そして慶喜の父、

徳川斉昭(なりあき)も、

言っていたらしい。

🤡「幕府内でも、

幕府の存続が難しい事は、

分かっていたんだな。

それならここで政権を返してしまえ!

と思い切ったのかな?」

そんな感じかもね。

というわけで、

幕府の存続が難しいから、

慶喜は思い切って大政奉還を決断した。

という理由もありそうです!

理由その4:幕府の実力が低下してたから?

二条城くらいしか参考にできそうな画像がない😅

理由その4は理由その3と似てるんだけど、

幕府の実力が低下したから。

らしい。

🤡「まあ何となくは、

この辺の歴史を知ってれば、

分かるけど、

具体的には?」

慶喜はこんな事を言ってたらしい。

「もう幕府の武力で、

諸大名を抑えるのは無理だわ〜」

「このまま持ちこたえるのは無理があるよ」

ちょっと緩くし過ぎかもしれないけど、

こんな感じの事を慶喜は言ってたらしい。

🤡「つまり慶喜は、

もう幕府が諸大名の上に、

君臨する事はできない

事が分かっていたんだね」

そう。

このまま薩摩と戦争して負けて、

政権を取られる位なら、

今のうちに政権を返上してしまえ!

という気持ちだったんだと思うよ。

🤡「なるほど」

というわけで、

慶喜が大政奉還をした理由その4は、

幕府が諸大名の上に君臨する、

実力がもうなかったから。

🤡「取られるくらいなら、

今のうちに自分で返す!

って感じだったんだな」

理由その5:慶喜の新政府要職就任が約束されていたから?

これも二条城

理由その5は、

慶喜の新政府要職就任が、

約束されていたから。

🤡「そうなの?」

というか慶喜は、

誰がみても優秀な政治家

という評価だったらしい。

🤡「そうなのか」

朝廷や諸藩間に、

慶喜以上の人材がそうはいなかった

(皆無に近かった)

家近良樹「徳川慶喜」P213

慶喜ほどの政治家は、

他にいなかったみたいです。

🤡「それなら自分が、

新政府に入る見込みも立つわな」

まあ、実際はそうはならなかったから、

ピンと来ないかもしれないけど😅

とにかく、

慶喜が大政奉還をした理由その5は、

慶喜が新政府で要職に就ける、

見込みがあったから。

慶喜ほどの政治家は他にいなかった。

徳川慶喜が大政奉還をした理由まとめ

  1. 薩摩の武力倒幕を、政権を返上する事でかわすため。
  2. 慶喜が孤独な将軍だったため、諸侯や幕臣と相談せずに大政奉還を決断する事ができた。
  3. すでに幕府の存続が難しい事が分かっていたから。
  4. 幕府に諸大名を抑えつける力がない事が分かっていた。
  5. 自分が新政府の要職に就ける見込みがあった。由伸ほどの政治家はどこにもいなかった。

もしかしたら、

思っていた感じとは、

違った結論になってしまってるかも😅

🤡「推測も多少は入ってます!

すいません!」

今回参考にした、

家近良樹さんの「徳川慶喜」、

あなたも読んでみてください!

🤡「慶喜がどんな事をしてきたのか、

ドラマよりも詳しくわかりますよ!」

それでは今日はこの辺で失礼します!

🤡「さようなら〜!」

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!