【頼朝の逸話の裏側?】池禅尼の助命と富士川合戦の平氏潰走には裏がある?元木泰雄「源頼朝」感想

2021年8月9日

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こんにちは〜!

カワタツ( @TKkidd_mbht )です!

今日は歴史の本のレビューです。

元木泰雄さんの

「源頼朝」

という本を読みました。

皆さんご存知、

征夷大将軍になり、

鎌倉に初めて武家政権、

鎌倉幕府を建てた源頼朝。

この本は頼朝の関する逸話、

生い立ちと伊豆への島流し、

さらに東国での挙兵など、

頼朝がしたこと、

人物像を書いてある本です。

この記事では、

池禅尼の頼朝助命や、

富士川合戦での平氏の潰走など、

頼朝に関する有名な事件の裏側を、

「源頼朝」の本から抜き出してみました。

源頼朝の真実が知りたい!

という人にオススメしたい本です!

2022年の大河ドラマ、

「鎌倉殿の13人」の予習にも、

なるかもしれません!

池禅尼が頼朝の助命を懇願したのは、誰かが圧力をかけたから?

「源義朝が平治の乱の後に殺され、

頼朝が平氏に捕まった。

そこで平清盛の母・池禅尼が、

懇願して助命された」

という有名な逸話がありますよね?

実はこの逸話には裏があるんです。

かつて源頼朝は、

上西門院(じょうさいもんいん)

の元で蔵人として仕えていた。

源頼朝が平氏に捕まった時、

上西門院は、

頼朝母の弟で頼朝の配流に対し、

強い支援を行った園城寺の僧、

祐範(ゆうはん)や、

その姉妹で上西門院女房であった、

千秋尼を通して、

池禅尼に圧力を加えた。

元木泰雄「源頼朝」30ページ

という説が濃厚らしいです。

上西門院は内親王なので、

平氏に物を言える程、

強い権力を持っていたのでしょうか?

「池禅尼が憐憫の思いを込めた」のが、

100%の事実ではなかったのが、

残念ですが、

「頼朝を助ける様に、

清盛に言わないと、

××するぞ!」

みたいな脅しが、

池禅尼にかけられたんですかね?

××が何だったのかは

分かりません。

清盛も、

「これは上西門院に

恩を売る、

絶好のチャンス!」

と思い、

助命に応じたらしいです。

しかし、ご存知の通り、

平氏の一族は頼朝によって、

滅亡する羽目になるんですよね〜。

ここで源頼朝をなんとしても、

源頼朝を殺しておくべきだった。

富士川の合戦で水鳥の羽音で平氏の大軍が潰走したのは理由がある?

さて源頼朝に関する逸話をもう一つ。

頼朝が挙兵し東国の兵を率いて、

兵士の大軍と富士川で対峙した、

富士川合戦の時の事。

「平氏軍が源氏の勇猛さに、

おじ気付き、

水鳥の羽音に驚いて、

戦わずして潰走した」

という逸話。

この逸話にも裏側があるみたいです。

富士川の合戦前の平氏の予定では、

精強な平氏家人がまず一撃を加え、

ついで官軍が相当する事に、

なっていました。

しかし、これは失敗。

源頼朝軍は数万に膨張し、

平氏が思ってもいなかった、

大軍勢になっていました。

波多野義常や大庭景親の様な、

反乱当初勇敢に戦った、

東国の平氏家人たちは全滅。

想定外の敗北で、

源頼朝軍は勢いが付きました。

これが平氏の兵士達の士気を削いだ。

完全にビビってしまった平氏軍は、

水鳥の羽音を源氏の大軍の足音だと思い、

平氏の兵士は逃げ出した。

さらに総大将の平維盛の戦場到着が遅れ、

これが鉢田合戦など、

平氏家人の各個撃破の原因と

されています。

遅延の原因は侍大将の伊藤忠清が、

陰陽道の悪日とされる「十死一生日」に、

出立する事を拒んだから。

「縁起が悪いから、

この日は出発するのは

やめとこうぜ」

みたいな気分だったんですね😅

さらにこれにより伊藤忠精と平維盛の間に、

軋轢が生じて負けた。

さらには出立日などを気にかけるほど、

平氏軍は東国情勢を楽観視していた。

楽観視してたから、

いざ戦場で向かい合ってみると、

思ってた以上に源頼朝軍が大軍で、

強そう。

ビビってしまって兵が潰走した。

という事なんでしょうね。

まとめ

  • 源頼朝が平清盛の母・池禅尼の懇願で助命されたのは、頼朝が仕えていた上西門院が池禅尼に圧力をかけたから
  • 富士川合戦で兵士が水鳥の羽音を聞いて潰走したのは、頼朝の反乱当初、勇敢に戦った東国の兵士が全滅し、これは想定外の敗北。数万人に膨張した頼朝の大群に恐れをなして逃走した。

元木泰雄さんの本は、

これも面白かったです。

それでは今日はこの辺で!

最後まで読んでくれて、

ありがとうございます!